(2021年2月)

~ たかが便秘、されど便秘 ~

世界には、衛生的なトイレを使えない人が、24億人もいるそうです。健康の秘訣に、「快食・快便・快眠」と言われる日本では、ウォッシュレットが世界一普及しています。トイレ環境はトップクラスかもしれませんが、快便につながっているでしょうか?快便(排便の満足度)は、何で決まるのでしょうか?回数、硬さ、腹痛の有無、肛門からの出具合・・・どれも影響しそうです。日本人の5~10%が慢性の便秘症とされ、年齢とともに多くなっています。「便秘」とは、“本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態”とされます(慢性便秘症診療ガイドライン2017)。うんちが大腸内にたまった状態や、肛門の前の直腸まで来ていても、なかなか排便できない状態と言えるでしょう。便秘は、腹痛・腹部膨満感・残便感などの症状だけでなく、改善しないことへの不満や不安から、精神的にも影響してきます。慢性の便秘症で受診される患者さんの表情は深刻です。

食べ物が大腸へ到達するまでの間に、摂取した水分と分泌された消化液全体で、10リットル近い水分の吸収が行われます。大腸でさらに水分が吸収され、内容物は固形化します。大腸の運動によって直腸まで輸送され、直腸粘膜が刺激を受け、直腸が広がると“便意”を感じます。うんちが硬い、直腸でうんちを感じない、腸の動きが低下している、などの原因があると便秘となります。慢性の便秘症の人では、心臓病や脳卒中になる危険性も高く、生存率が低い、という報告もあります。“命に関わることもある病気”であり、放置は禁物なのです。

治療の第一歩は、生活習慣や食生活の改善です。十分なトイレ時間をとり、適切な排便姿勢も重要です。何より朝食が大切(!)で、長い空腹後の食事が刺激となり、大腸が動きます(胃結腸反射)。便意がきたら、そのタイミングを逃さず、トイレへ行くことが理想的です。便意は、何度も訪れることはないので、貴重なチャンスです。トイレを我慢することが一番良くないのです。便意を感じることが、自律神経の調子の良さを表しています。自律神経が腸の運動を調節しているため、ストレスの影響を受けやすいのは、そのためです。食物繊維の摂取は、うんちを太くし、回数を増やし、粘度を低下させます。乳酸菌やビフィズス菌などの、いわゆる善玉菌の効果については、排便回数の増加に有効なことがあるものの、現時点では、明確な証明はできていません。活発な運動は効果的です。加齢による筋肉の衰えは、腸の筋肉にも影響し、運動機能を低下させます。喫煙や睡眠薬の使用は、腸の運動を悪くします。

うんちは、毎日の生活習慣や、消化吸収の働きを反映しています。うんちの70~80%は水分で、残りは腸内細菌・脱落した腸の粘膜・食べかすなどでできています。うんちの分類(図)は、イギリスの研究者が考案し、1991年の発表当初は全く注目されませんでした。その後の研究で、便秘の重症度を良く表していることが分かり、頻用されるようになりました。タイプ3~5が良いうんちとされています。良好なうんちの黄金色は、消化液の胆汁の色です。表面には、うっすらと粘液が付着し、悪臭も感じません。タールや炭のような黒いうんちは、胃の付近からの出血によることがあります。鮮血が混じる場合、痔のことが多いですが、直腸がんなどの場合もあるため、検査が勧められます。

子どもにとって、うんちは、まるでヒーローのように、興味の対象とされる時期がありますが、それを過ぎれば日陰者になってしまいます。水洗トイレが普及したのに、排便後のうんちは、しげしげと眺められることもなく、トイレットペーパーで隠されて、勢いよく流れ去ってしまいます。まずは、せっかくの便(“便り”)を、トイレで流してしまう前に、観察することから始めてみませんか。

Q 便秘がつづくと、大腸がんが心配です

A 便秘症があると、大腸がんになりやすいと考えられた時期もありましたが、現在では否定的とされています。しかし、大腸がんがあれば便秘症になることは考えられるため、症状の経過によっては大腸検査を勧める場合があります。

Q 子どもも便秘になりますか?

A 朝の快便には、十分な睡眠が大切です。「早寝、早起き、朝ごはん」とは、まさに朝の快便のための標語とも言えます。小児の約10%が、週2回以下しか排便がなく、便秘の小児では、その25%が成人の便秘へ移行するとの報告があります。小児期からの健康な排便習慣が大切です。

Q いろいろ頑張りましたが、便秘が良くなりません

A この数年で、慢性便秘症に対する治療の選択肢が増え、その人の生活スタイルや症状に対応しやすくなりました。市販薬で、その場はしのげても、かえって悪化させる場合があります。特に、小児や赤ちゃんでの悪化した便秘や、生野菜を避ける必要のある腎臓の悪い人、便秘を来しやすい病気(パーキンソン病、糖尿病など)をもつ人では、悪循環になる前に適切な治療が望まれます。