(2018年6月) 

~ 知っておいて欲しい“がん”のこと (1)~ 

この20年ほどで、がんの診療風景は大きく変化しました。“がん”と聞いて連想するイメージは、依然として悲観的かもしれませんが、診断や治療法は進んできています。今春、厚生労働省は、がんゲノム医療を担う、「がんゲノム医療中核拠点病院」を指定しました。「ゲノム医療」と言われても、聞き慣れない言葉ですね。がんの遺伝子を調べて治療につなげようというものです。まずは、がんを知ることから始めてみましょう。

ヒトの体は数十兆もの細胞から成り立ち、個々の細胞の中には、遺伝子があります。遺伝子は、生命の設計図のようなものです。遺伝子の情報に基づいて、細胞が正常に働くおかげで、私たちは生きることができます。遺伝子は、日々何らかの原因で傷ついて、異常(=変異)を起こしています。たとえば、ウィルス感染、紫外線、喫煙、加齢、食習慣などが原因となります。細胞は自分自身で変異を修復する仕組みをもちますが、修復ミスなどにより、徐々に変異が蓄積していきます。やがて無制限に、そして無秩序に増える能力を獲得すると、がん細胞が発生します。がんは、遺伝子の変異による病気だと言えます。

古くは、古代エジプトの紀元前2500年頃の文書に、乳がんの記載があるようです。日本では江戸時代に、乳がんを手術することもありましたが、胃がんなどの内臓のがんは診断できず、西洋医学が入るまで知られていませんでした。遺伝子の変異は、老化によって増えていきます。平均寿命が短かった昔は、がんになる前に、感染症などで命を落としていました。最近よく耳にする、「日本人の二人に一人はがんになる時代」とは、現代社会の必然なのかもしれません。

国立がん研究センターが公表した、日本人のがんの5年生存率(がんの診断から5年後に生存している患者さんの割合)は68%とされ、年々向上しています。早期で発見されるほど、生存率は上がりますが、すい臓がんでは5年生存率は8%で、部位によっても大きな開きがあります。予防や早期発見が大切であることに変わりはありません。感染症が原因の子宮頸がん・肝がん・胃がん、紫外線による皮膚がんなどは、予防が大切です。生活習慣では、肥満(メタボ)が原因となる肝がんが増えています。運動不足や過度の飲酒もよくありません。もちろん最大の危険因子は喫煙です。一方で、がんを確実に予防できると証明されたライフスタイルや食事療法は存在しません。一般的に健康には良くないとされる習慣は謹んで、不摂生にならぬよう気をつけましょう。現状では、身近な検診を利用したり、日々の診察の中で可能ながん対策を行うことが賢明だと思います。近い将来、尿や一滴の血液を用いた、簡便で体への負担が少ない診断方法が実用化されるでしょう。

がんの治療には、手術・放射線療法・薬物療法などがあります。これらを併用する治療(集学的治療)が一般的ですが、手術可能ながんでは、手術が優先されます。薬物療法としては、がん細胞だけを狙い撃ちする、「分子標的薬」が次々に開発されています。従来の抗がん剤に比べて、特有の副作用はみられますが、正常な細胞には障害を与えにくい特徴をもちます。

次回は、診断や治療法の進歩について、もう少しお話したいと思います。