~ ワクチンで感染症を予防する ~
天然痘は史上最大の被害を及ぼしたウィルス感染症で、死亡率は20%にもなりました。世界中で流行し、恐れられていました。1798年に、イギリスのジェンナーが発表した牛痘種痘法(牛の天然痘で生じた膿を、ヒトの皮膚に接種する天然痘予防法)が、はじめてのワクチンとなります。当時はまだ、ウィルスは発見されていませんでしたが、病気が伝染することは認識されていました。その約80年後に、フランスのパスツールが狂犬病のワクチンをつくりました。科学的に開発された世界初のワクチンです。彼はジェンナーを称賛し、予防接種のことを、「ワクチン接種(vaccination)」と表現することを提唱しました(語源はラテン語の雌牛を意味する“vacca”から来ています)。WHO(世界保健機関)の取り組みもあり、1980年に天然痘根絶が宣言されました。
ワクチンは、生きたウィルスや細菌の力を弱めたり、処理をして毒力や感染力を無くして作られます。病原体の感染を防ぐ仕組みを「免疫」といいます。ワクチンを接種する目的は、免疫を獲得し、病原体の感染や、感染による重症化を防ぐことです。
生後2か月から始まる予防接種スケジュールは、ワクチンの増加に伴い、過密になっています。1本ずつ接種していては間に合わず、適切に予防できなくなります。そこで複数のワクチンを同じ日、同じ時間に接種する「同時接種」が普及してきました。四種混合やMRワクチンは混合ワクチンで、1回の接種で済むよう工夫されています。安全性や有効性が落ちることもありません。適切な時期の予防につながるだけでなく、接種率の向上、保護者と医療者の負担軽減などの利点があります。 多くのワクチンは1回だけではなく、複数回の接種が必要です。免疫を強化することが目的です。一度作られた免疫を刺激して、より力を高める効果と、より長く持続させる効果があります。接種後何年も経過して免疫が弱くなってきた時に、追加接種する場合もあります。ワクチンの効果で病気になる人が減ると、感染者と接触して免疫力を維持するという効果(ブースター効果)が薄れることもあるのです。
戦後の復興期には、さまざまな感染症が流行し、国民の生命が脅かされました。社会を感染症から守ることが急務となり、予防接種を普及させるため、1948年に「予防接種法」が制定されました。当時は接種が義務化されていましたが、生活水準や公衆衛生が次第に向上し、感染症による死亡率も低下してくると、個人の健康を守ることが目的とされ、接種が義務ではなくなりました。予防接種は社会を守るための義務ではなく、あくまでも「自分の健康」に重点が置かれます。
子宮頸がんワクチンは、定期接種(*)でありながら、事実上接種できなくなっています。制度面では、日本は“ワクチン後進国”からまだ脱却できていないと実感します。おたふくかぜワクチンは、任意接種のままですが、定期接種化が検討されており、学会からも国に要望書が出されています。早期の定期化が望まれるところです。「ワクチンで防げる病気は、ワクチンできちんと予防する!」ということが重要だと思っています。
*定期接種とは: 予防接種法で規定された疾病に対する予防接種。接種費用の公的負担があり、接種時期(対象年齢)や接種回数が定められています。