(2018年8月) 

~ 知っておいて欲しい“がん”のこと (2)~ 

前号では、「がんは遺伝子の変異による病気である」ということを述べました。例えば、同じ「肺」という臓器にできたがんでも、原因となる遺伝子の変異が違えば、同じ「肺がん」とは言っても、性格が異なったものとなります。ヒトに個性があるように、がんにも個性があるのです。肺がんに対しては肺がんの薬というように、従来の抗がん剤は多くの場合、がんが発生した臓器別に選ばれていました。一方、がん細胞だけを狙い撃ちする、「分子標的薬」では、標的となるがんの遺伝子変異が同じ(個性が似ている)であれば、肺がんの薬が胃がんにも効くということがあるわけです。

がんの個性である遺伝子の変異を解析して治療につなげる方法を、「がんゲノム医療」といいます。ゲノムとは、すべての遺伝情報のことです。まったく新しい方法ではなく、乳がんや肺がんなどでは、すでに保険医療として行われています。遺伝子解析技術の進歩によって、広い範囲の遺伝子変異を複数(100種類以上)、同時に、早く見つける方法が開発されたことで、原因となる変異に基づいて、治療薬が選べるようになってきたのです。

厚労省は今春、岡山大学病院をふくむ全国11か所の「がんゲノム医療中核拠点病院」と、連携する全国100病院を指定しました。がんゲノム医療を、すべての都道府県で受けることができる体制を目指すとのことです。遺伝子情報は、“究極の個人情報”ですので、厳しい条件をクリアした施設でなければいけません。一般的な治療が効かない患者さんを対象とした研究段階ですが、将来の薬の開発にも役立つと期待されています。変異が見つかっても、適切な治療薬に結びつく割合は、まだ10%程度です。先進医療として行われるものの、検査費用は高額で、多くの場合、原因となる変異を特定することができなかったり、変異が見つかっても残念ながら治療薬が無い・・・というのが現状です。

もう一つの大きな進歩は、免疫チェックポイント阻害剤による、新しい「免疫療法」です。免疫細胞は、外から侵入した菌などを排除する働き以外に、がん細胞を攻撃する力も備えています。免疫チェックポイント阻害剤は、がんに対する免疫細胞の攻撃力を回復させます。最近、薬価が高いと話題になったオプジーボという薬もその一つです。分子標的薬もふくめ、がんの薬物療法では、がんに抵抗力ができてしまい、徐々に効かなくなることが多いのですが、免疫療法では、何年も効き続ける場合があることも分かってきました。もちろん副作用もあり、すべてに効果があるわけでもありません。有効な患者さんを見分けるための研究が進められています。

遺伝子の本体はDNAと呼ばれます。研究用の「DNA抽出キット」が、多くのメーカーから販売されています。説明書のとおりに行えば、細胞の中のDNAを、2時間ほどで取り出すことができます。試薬の中でフワフワと漂うDNAは、白い糸くずのようです。いくら眺めても、生命をコントロールしている根源だとは、とても想像できません。遺伝子の変異によって多彩な顔をもつ“がん”という病気を、世界から撲滅してしまうことは困難かもしれません。しかし、医学の進歩により、たとえ根治が無理な場合でも、確実な延命を目標に、がんを抑え込んで、余生を充実して過ごすことが期待できる時代になってきています。