加齢と生活習慣病治療

「吉備労連だより」 第20号 平成23年9月15日

「くすりを飲み始めたら、やめることはできないのですか?」高血圧・脂質異常症・糖尿病などの生活習慣病の治療に際し、患者さんから、しばしば聞かれる質問です。これらの生活習慣病は、健診が普及した現在でも、高齢になってから悪化して発見されることも稀ではありません。すでに訪れた超高齢化社会の中で、個人の「肉体年齢」は、その人の生い立ち・遺伝子・既往症・仕事歴などによって多彩な表情をもちます。画一的な生活習慣病治療は困難になってきますが、その人の生活機能レベルによっては、若年者と変わらない治療が提供されることも多いのです。

高血圧では、数年前までは、65歳以上の人で「血圧が少々高めですが、高齢だからこれくらいでいいのですよ」と説明される場合も多かったと思います。しかし、現在の治療方針では、目標値は140/90mmHg未満とされ、積極的に治療することとされています。ただし、身体の調節機能は衰えており、「ゆっくりと」下げていくことが重要とされます。

脂質異常症では、興味本位なTV番組や、誤ったデータをもとに「コレステロールは高いほど長生きする」と発表する学会報道などで一部混乱を招いています。脂質異常症の治療では、年齢・性別はもちろんのこと、高血圧や糖尿病をもつのか、実際の動脈硬化の進行具合はどうなのか、などを総合的に評価しなければいけません。それでは、たとえば75歳を過ぎてからコレステロールを下げる必要があるのでしょうか? 私の答えは、基本的にはYesです。75歳以上では治療の必要が無いのではなく、まだ治療の有用性を示すデータが十分無いだけなのです。コレステロールを治療することが必要な場合もあるのです。

糖尿病はどうでしょうか。近年、“高血糖の記憶”ということが注目されています。若い頃の治療が不十分だった人では、身体に高血糖が“記憶”されるのです。その結果、高齢になってから厳格な治療をしても、十分な治療をしてきた人と比べて、心筋梗塞などの合併症を起こしやすいというものです。近年その原因に関わる蛋白質も見いだされ、「治療は早ければ早いほどいい」ということが裏付けられつつあります。つまり、不十分な治療を続けていては、何年も後になって厳格な治療をしても遅い場合もあるわけです。もちろん長年十分な治療をしてきた人でも、治療による低血糖で認知症が進行したり、命に関わる場合もあるため、「年齢に応じた」治療内容に移行することになります。

重要なことは、いずれの場合も治療の目的は、血圧やコレステロールや血糖を下げることではないということです。脳梗塞や心筋梗塞などの心血管病を予防することが第一なのです。そのような説明を受ければ、頭書のような疑問も解消されます。くすりを「やめることができないのではなくて、やめない方がいいのですよ」とお答えします。

肉体年齢と、その人の背景を考慮したうえで、年齢に応じた積極的な生活習慣病治療が行われることは、(寝たきりでなく)“「元気で」長生きするために”という共通の願いに寄与すると考えています。